冷房が寒い

春が好きじやないのは、

固定資産税など支払いがあるのと、

陽射しがきつく暑いのと、

雨が多いから。
それに、クーラーがきいてるから、まだ五月にもならないのに、
クーラーがついてると、寒くてかないません。

誰も寒がる様子がなく、
わたしは寒い。
夏は苦手で、たんに暑がりだと思われるかもですが、

冷房が寒くて、
今頃から冷房がついてたら、

どこに行くのも警戒します。

暑いからと半袖は着ません。

日焼けもします。

はやく秋になってほしい。


気象も異常なので、秋もないに等しいですが。

どうにもいまだに腹立ってしようがないこと

こんなこと、誰に話しても、つまらないし、聞かされるほうも、つまらない。なのでここに書きます。

どうにも、つまらない話でしょうが。

うちの母は、
もうその時、アルツハイマー認知症でしたが、
認知症だからって、まだ初期だったと思うけども、
すごくおかしい部分と、
まともな部分とあるんですね。

認知症の人が、すごくまともに世間話をしたりするから、

まだら状態に、おかしくなってるんで、

とくに、他人さまに対しては、まともを装えたりします。

あの頃の母も、そんな状態でした。

わたしに対しては、
本当におかしかったんですけどね。

それで、この頃の母は、

四国の親戚によく電話をしてたんです。


四国の親戚ってね、
うちは神戸で、簡単に会えるわけじゃなし、

母は自分が、
子どものとき、戦争で、集団疎外してたのが、四国で、

母の両親の出が四国だったから、その関係で、
それだけの縁で、馴染みのある人を、四国の親戚と思ってたんでしょうね。

電話をすれば、むこうの人は、母のことを
何々ちゃんと、ちゃんづけで親しく呼び、話してはくれたようでしたが、

あっちから、電話があることは、一回もありませんでした。

電話代もかかるのに。

わたしは四国の人たちは全然知りません。

それで、母は、むこうの人にお中元やお歳暮を送るのです。

なんのつきあいも義理もないのに、

そうしたら、むこうは、気をつかって、お返しになにか送ってきました。

むこうからなにか送ってくることは、一切ありませんでした。

あほらしいです。
お金がもったいない。


母が亡くなっても、わたしは、四国には知らせてはいません。

全然知らないし、
知らせたって、へぇーって感じだと思いましたから。

そうしたらいまだに、むこうからはなんの連絡もなし、

元気にしてる?の一言の連絡もありません。

あれだけ、何回も母があほみたいに電話したり、物送ったりしてても。


本当にあほらしいです。


疎遠になってしまった人に、わたしなら電話なんかしません。今はメールがあるから、メールくらいならいいかもですが。

用事でもあれば別でしょうが、

連絡なんかしたところで、

それっきりです。

まして、お中元やお歳暮なんか、
絶対にわたしならしません。

相手も気をつかうし、

たいがいは貰いっぱなしでしょう。


四国の人は気をつかって、素麺とか送り返してきましたけれど、
こんなんいらんのに、と思ったと思います。


お金を使っただけで、
本当にあほらしいです。


母の姉と会えば、
母は、
おごるのです。

意地悪で図々しい母の姉は、自分のコーヒー代も出しません。

一回や二回じゃない。

本当にお金がもったいない。

それをいいことに、母の姉の息子も、母に支払いをさせて、
男のくせに、
いやらしい。
すごく腹立ちます。
母の姉の息子は、わたしとはいとこに当たりますが、

親と似て意地悪なので、
つきあいもありません。


もうすんだことなのに、

結局、わたしはなにに腹を立ててるのか、

母親にです。


つまらない話を長々と書きました。


こんな文章を読んでる人がもしいたら、あきれてると思います。


こんな愚痴を、誰にも話せません。

仮に誰かに話したりすると、

変な暗い話を聞かされたと思われて、距離をおかれるでしょう
もし、読んでくれた人がいたら、すみませんでした。

手洗い

みんな、世間の人は、ハンカチにアイロンしてるのかしら。

女性ならハンカチ持ってますよね。

わたしは、帰宅するとハンカチを手洗いして、ほしときます。

きれいにほすと、アイロンはいらなくて、きれいに乾くんです。

ついでにくつしたも脱いで、手洗いします。

置いとくのがいやなんです。

ハンカチはきれいに持ちたいですよね。

でもアイロンをいちいちハンカチに、は面倒で。

母が元気だった頃、

わたしもうんと若くて、母も今のわたしより若かったころ、

母はハンカチを他の洗濯物と一緒に洗い、
脱水をし、

しわになったまんまのハンカチを持ってました。

気にしなかったんでしょう。

あのころ、なぜあんなにしわの入ったハンカチを平気で使うんだろうと思ってた。

脱水なんかしたらだめです。

手洗いのできるスカーフも同様です。



犬をほしい気持ちは、やっぱりある。

昔から、犬がうちにいた。

最後の愛犬を見送ってから、もう何年過ぎたのか、

十年近くになることを思うと、速すぎる時の流れにびっくりします。

母が逝って、その愛犬とふたりだけで暮らし、
その子の命が尽きた時は、本当に精神的にこたえた。

母が死んだより、何倍も辛く、やりきれなかった。

母は、認知症にもなっていて、
とても大変な人になってたため、
思い出しても身震いがするほどに大変だったので、

なくなってくれて、少しホッとしたのも事実で、

誰もわたしを、冷たい娘だと責める権利なんかない。

誰にもわからないことです。

それに対して、愛犬の死は、ただただ、悲しくて、

でも最後をちゃんと送ってやるのは、迎え入れたからには、
それは責任です。

小さな子犬だった。

彼らの寿命はヒトより、ずっと短い。


それを最後に、
もうなにもいない。

命あるものは、もう終わりにしてるし、

わたし自身の健康面にあまり自信がないし、

もう世話ができないのです。

まだ、高齢でもないけど、

若くもないし、

もう、お金もないし、
動物病院の高い費用は払えない。

犬、猫がどれだけ可愛いか、よく知っているけれど、

もう迎え入れることはできない。

実際にわたしは、先月、三週間も入院をした。

そうなった時に、預けるところもないし、

ペットホテルはどんだけ高くつくか、
自分の医療費で精いっぱいです。


でも、時々、

すごく抱っこしたくなる。

なでなでしたくなる。


彼らは言葉は話せないけど、

とてもかしこいので、

飼い主の顔色をすごく見ている

愛情をちゃんとわかるし、
大切に可愛がると、
ちゃんと気持ちを返してくれるんです。

よくなんでもわかっている。


どんなに欲しくなっても、もう、命あるものは、
迎えない。

犬、猫よりも楽なハムスターならどうだろうかと考えた。


それでも、迎えない。

小さな命を、幸せに全うさせてやらないと、

もうわたしは、自分で精いっぱいです。



昭和について

若い人が昭和の歌謡曲が好きだとか、

昭和が好きと言うのを聞くと、うれしくはなります。


昭和歌謡は自分も好きですし。

昭和のよかったと思う点は、それはいくつかはありますけれど、

理不尽な点もありましたから、
といって、今が全部いいとは思わないですが、

今はややこしくて、むずかしいです。


昭和のいやだった点を書いとこうと思います。

女性を低く見てるとこです。

平成に入ってもありました。

クリスマスケーキだなどと、女性にむかって言うのです。

失礼にも程があり、腹立ちますね。


25歳になると売れ残りだ、と、クリスマスケーキにたとえるわけです。

今はそんなこと言いませんから、
本当にいやな話です。


あと、
どこでもたばこに火をつけるのが当たり前みたいな感じだったとこですかね。

最悪ですね。

吸わない人が小さくなるって、どうですか、

そんなあほな話ありますか。

他人のたばこの煙はすごく有害なのに。


あと、飲み会が当たり前だったとこ。

なにかいうと、飲み会、たばこの煙はもくもく、
これは暴力と同じだと思いますね。


服装の、肩パッドがどんな服にも入ってたこと。

いりませんよ、あんなものは。

無意味できびしすぎる学校の規則も、いりませんね。

今はどうなんでしょうね。

今の学校はどうなんでしょう。



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