きょろきょろ動くそれは、彼の容姿や性格には似つかわぬものの"可愛い"という言葉がぴったりだと私は思っている。切れ長の、きりりとした目尻。灰褐色の綺麗な一つ目にじっと見つめられ、目を細められればあまりのかっこよさに声が出なくなってしまう。
「あ……おはようございます、光秀さん」
「ふふ、早い挨拶ですね。まだ五時ですよ」
ああ、どうりで眠いはずだ。そう頭の片隅でぼんやり考えベッドの上で抱きしめられながら、うとうとと遅い瞬きをしつつ彼の首に腕を回して瞼にちゅっと口付ける。すると薄く開いた瞳がじっと、こちらを見つめて私の姿を映し出したまま距離を詰められた。
「この目が、お好きですね」
「素敵です、かっこいいです、とっても綺麗ですっ」
褒めちぎったところで何も出ませんよ。と、笑った旦那様が今度は私の瞼に口付けて再び目を閉じる。眠っているときも、起きているときも、あなたの瞳は世界で一番美しいの!
”男は単純だから、女の子にちゅうして?ってせがまれたら堪らなく嬉しくなるね!”
お昼に聞いていたラジオから流れたそんなDJの言葉をふと思い出して、傍らに座り新聞に目を通していた夫へ視線を向ける。
「あの、光秀さん…」
求められ、それに答えるばかりでは妻としていけないなと。改めてそう思ったのだ。
「ん、何ですか?」
じっと、優しげな瞳を見つめて思わず声が詰まってしまったが、止める訳にはいかず勇気を出して声に出す。
「ちゅう、して……?」
あまりの羞恥心と緊張で、ください。まで言葉がでなかった。自分で言ったのに、顔がどんどん熱くなるのが解る。ああ、自分からこういった行為を催促することがこんなに恥ずかしいなんて!
「ええ……」
「ひゃ…っ、み、光秀さん!あの、あのっ、わたし…!」
快諾なのか何であるのか、曖昧な一言を微かに呟いた彼は手にしていた新聞紙を無造作に床へ落として、雪崩込むように妻をソファへ押し倒す。そのまま息もできないほど熱く、情熱的な口づけをされてすっかり力の抜けた彼女が翌朝、正真正銘の腰砕けになり上機嫌の夫に甲斐甲斐しく介抱される姿が見られるのだった。
梺に小さな集落を持つ大きな山の奥の、そのまたずっとずっと奥に、白銀の立髪がそれは見とれるくらいに美しい白龍が住んでいた。
「恨んでいやしませんか」
広い森の中で何百年も一人ぼっちだった龍はある日、人の子である小さな少女に一目ぼれし、村から連れ去ってしまったのだ。
「どうして?」
「ちちと、ははが恋しいでしょう……?」
少し言いにくそうにして切り出した台詞には、おかしなたどたどしさがあった。きっと言い慣れぬ言葉であったのだろう。
「私は、父と母の顔を知りません。幼いうちに流行り病で死んでしまいました」
「それはかわいそうに」
「だから。残してきたものは何も」
鋭い爪で彼女の白く柔い肌を傷つけてしまわぬように、ひやりとつめたい鳥にも似た前足が少女の頬を撫でる。身体は全身鱗みたいで、どこもかしこも温度なんか感じられないのに、この暖かさはどうして、どこからくるものであるのだろう。
「私が恐ろしくはないので?」
「なぜそう思うのですか」
「人ならざるものですよ」
「真っ白で美しくて、身体の大きな優しい殿方では?」
まあなんと物好きな。と、大げさに驚く素振りでそう言った龍は悪戯っぽく微笑む少女の唇をぺろりと舐める。
「神に愛される理由がお前にはわかりますか」
「はい、重々に」
ひとつ、神に愛されたものは皆早くに死んでしまう。
「その後は永遠であり、終わることのない時間になりますよ」
「あなたと一緒ならば喜んで」
ふたつ、人魚の血肉は即死の猛毒であり。
「あいしています」
みっつ、それは不老不死の秘薬。
あなたのために、あなただけを幸せにしたいと心から思っています。
「それは男の言う台詞ですよ」
「女にだって守るのもはあります」
幸せになりたいんじゃなくて、幸せにしてあげたい。だってこんなにも私を愛してくれるひとなんか、他を探してたってどこにもいないんだもの。
「私はやきもちも、束縛もしますよ」
「お互いさまです」
私はあなたのために笑います、だからあなたも私のために笑ってください。
「おまえの大きな瞳が愛おしい」
「光秀さんの綺麗な髪が大好きです」
何をされても許せるけれど、嘘だけはつかないでください。二人の為の嘘ではなくて、二人の為にならない嘘はつかないでください。私はきっと、悲しくて泣いてしまいます。
「何度も血に塗れた、恐ろしいものですよ」
「何の曇りもない、ありのままを映す光秀さんらしい色だと思います」
こんなものと彼は自分を卑下する。でも、その度私は何度だって首を振れるの。だって私の大好きなひとだもの。私が唯一愛したひとだもの。
「いよいよですね、おまえも」
こんなにも他人を愛せるひとが、酷いひとなわけない。
「光秀さんがこうしたんですよ」
自身の感情を自覚をした上で、私がこうなるよう愛したくせに。
「ほう、全ての責任は私ですか」
「逃げようもなく」
いえ、逃げる必要もないですけどね。私も、あなたも。
■ 元就夢
トリップ夢主
話があると言われ元就さんの自室に来てからと言うもの、そろそろ小一時間が経過した頃だろうか。自分から呼んだのにも関わらずそこに座れと座布団を指示されたのみ。当の本人は書き物に集中しているようで私はすっかり放置をくらっているところだ。
「おい」
「あ、…はい」
「貴様に覚悟はあるか」
「……?」
漸く口を開いたかと思えば、何とも唐突かつ漠然とした問いである。元就さんは何に対しての“覚悟”と尋ねているのか。そもそも話の意図が全く見えていない。
「えっと、何にでしょうか?」
私がそう聞き返せば、彼は手にしていた筆を一旦置き改めてこちらに向き直った。その瞳は大層真剣そうな様子をしており、一瞬空気が変わったような感覚が背筋を駆け巡る。
「正直に申せ。この事に関しての虚言は許さぬ」
「は、はいっ」
「いいか、良く聞け。二度は言わぬぞ」
それから数秒間の沈黙が流れる。次の言葉を口にすることを躊躇っているのか、何度か息を吸っては言いかけそのまま吐き出すと言った動作を繰り返している。
「元就さ……」
「我の、伴侶となれ…っ」
「……え」
「…そして、貴様にその覚悟を問いたい……」
――我と共に、生涯を生き抜く覚悟はあるか。
そう言い切った元就さんは、驚いて思わず固まってしまった私に視線を送ったまま何も言わずに返答を待っている。
あの元就さんが、と言うどうにも抜けない先入観に頭が支配されつつであるのだが、これは紛れもなくプロポーズと言うやつだ。
「こ、こんな私でよければ……」
「…うむ」
「貰って頂ければと…おもいます……」
語尾が多少もごもごとしてしまったものの、台詞自体はどうにか伝わった筈。
それは、目の前でさも嬉しそうにいつも通りの余裕交じりな笑みを浮かべた彼の表情が物語っていた。
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【元気になってほしい各地の皆様へ】
ララ様リクエスト。
この二人の幸せと、素敵な未来が皆様にも届きますように!
2011 3/13