同タイトルの1〜7の記事に関するちょっぴりあとがき。
結局、母は無事だった。
しかし、地元では今まで聞いた事の無い震度に襲われたため、職場はあちこちの棚が崩れとんでもない状況に。
奇跡的に死者も負傷者も出なかったのが何より。
お約束の如く、『状況が状況だからしかたがないけど、こんな時に旅行なんてね。やるね〜』と同僚にいじられる始末。
実家は建物基礎の下に大きな岩が敷き詰めてあり、その上に土を盛っているためとにかく揺れに強い。
地元の他の住宅からみれば体感で震度1〜2は低く感じる。
築うん十年の木造住宅なれど、大震災にもビクともせず亀裂なども入らず、老齢の母の命を救った。
自宅を建てた今は亡き大工の父に感謝である。
失われた多くの尊い命の御冥福を、ただただ祈るばかりである。
震災の被災地復興のためには、まちづくりのビジョンを今までとは大きく転換せざるを得ないという想いである。
人と人との繋がりを断たれ無となってしまった地域には、無から転じて新たな有を生み出していかなければならない。
そして、同時にこの歴史的災禍を決して風化させてはいけない。
想いをカタチにして、人と人とを繋いでいかなければならない。
そのためには微力ながら自分もボランティアや地域振興に積極的に参加して汗を流そう。
そんな事を思ったふとまっきーなのであった。
話題:東日本大震災
12.3.14 19:52 Wed
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