がむしゃら・早良さまの漫画を恐れ多くも文章化させて頂きました!ご本人様、ご自由にお持ち帰り下さいませ!
※捧げ物ですので、フレユリではありません。
髪は女の命、と言う。
今では少々大袈裟な表現かもしれないが、それでもやはり長く美しい髪には多くの女性が憧れるものだろう。その昔は、髪の長さが本人の美しさへの評価そのものだった国もあるらしい。
実際に自分が髪を伸ばすかどうかは別としても、美しい髪の持ち主には出来ればそのままでいて欲しい、と思う。その相手が勝手に髪を切ってしまおうものなら、相応のショックを受ける他人、というものも存在するのだ。
もっとも、そんな事は本人にとってはどうでもいいのかも知れないが。
「ふう……いいお湯だったわ」
「あ、ジュディス!あがったんで……」
入浴を終えて部屋へと戻ったクリティア美女、ジュディスの姿を、エステルがじっと見ている。
「…何かしら?」
柔らかく微笑むジュディスに、エステルは少し切なげだ。
「あ、ごめんなさい…ジュディスって、髪が長いんだな、って再確認してたんです」
湯上がりのジュディスは、しっとりと濡れて艶めく群青色の髪を下ろしている。普段トップで髪の毛をまとめている彼女のそのような姿は、同じ女性から見てもなかなかに魅力的なものだった。
「…わたしは、この長さですから。長い髪って、憧れます」
自らの毛先をいじりながら僅かに表情を曇らすエステルに、ジュディスが言う。
「そういうものかしら?でもエステル、あなただって長い髪も似合うと思うのだけれど」
「本当です!?」
伸ばしてみてはどう?と言うジュディスの言葉にエステルが瞳を輝かせる。
「リタ!リタはどう思いますっ!?」
「へっ!?あ、あたし!?」
いきなり話を振られてリタが慌てる。
しかし、読書中ではあったが一応話を聞いてはいたようだ。リタの答えを、エステルは満面の笑顔で今か今かと待っている。
こんな顔をされては、言える事なんて決まっているようなものだった。
「な、長い髪もアンタなら似合うんじゃない?」
「リタ…!」
「でも!!」
読んでいた書物に視線を戻したリタがボソボソと続ける。
「…今の髪型も、その…え…と、に、似合ってていいと思う…あ、あああ洗うの楽だしね!短いと!!」
リタは耳まで真っ赤になっている。どうしても一言多いのは、彼女の性格だから仕方ない。
「ありがとうございます、リタ!リタも今の髪型、すごく似合ってて可愛いです!!」
「お、お礼なんていらないわよ!……それと…あ、ありがと」
じゃれ合う二人をにこにこしながら見ていたジュディスだったが、ふと溜め息を吐いて呟いた。
「確かに、洗うのが楽、というのはいいわね」
「ジュディス?」
「長いと乾かすのも時間がかかってしまうし、かと言って自然乾燥も髪が傷んでしまうし…」
こうして話している間も、ジュディスはずっとタオルで髪の毛の水分を吸い取る手つきを止めていなかった。濡れたままで寝るなど以っての外だ。
ジュディスの言葉にエステルは暫し考え込んでいたが、やがておもむろに顔を上げると、ある疑問を口にした。
すなわち、
「……ユーリは、どうして髪が長いんでしょう?」
……というものだった。
宿の部屋の中、女三人で顔を突き合わせて考えてみる。
「ユーリなら、『面倒だ』って言って長いの嫌がりそうじゃありません?」
「そーいやそうね、あいつ、オシャレとか興味なさそうだし」
「…それをリタが言うのね」
『……………』
数瞬の沈黙。
それを破ったのはエステルだった。
「気になりますー!!」
「あ、あたしは別に…」
やや興奮気味のエステルに対し、リタは戸惑いながらもやはり興味はあるのか、視線がおろおろと落ち着かない。
「そう?私もとても気になるわ」
ジュディスもリタを見ながらエステルに同調した。
話は決まった、とばかりにエステルが立ち上がる。
「こういう時は、本人に聞くのが一番です!!」
「ええっ!?」
すっかりその気になっているエステルは、ホントに行くの!?と慌てるリタの様子にもお構いなしだ。
「行きましょう!!善は急げです!思い立ったが吉日です!!」
「え、ちょっとエステル、待ちなさいよ!!」
お姫様らしからぬ大股で部屋の扉に向かうエステルと、慌ててその後を追うリタ。
「……楽しくなりそうね」
にっこりと一人笑うジュディスも、手早く髪をまとめると二人を追って部屋を出るのだった。
「失礼します!!」
「うお!?」
「ど、どったの嬢ちゃん」
エステルは男部屋の扉をノックもなしに開け放ち、そのままの勢いでずんずんとユーリに詰め寄って行く。事態の飲み込めない男性陣は引き気味だ。
「ど…どうした?エステル」
「ユーリ!!」
「お、おぉ!?」
エステルが身を乗り出した分だけユーリが下がる。
他の仲間はそれを遠巻きに眺めていた。
鼻息も荒くエステルがユーリに問い掛けた。
「ユーリはなんで長髪なんですっ!?」
「………は?」
唖然とするユーリに更にエステルが畳み掛ける。
「ですから、なんで」
「ちょい待ち!とりあえず落ち着け」
話の腰を折られて頬を膨らますエステルを横目に、ユーリはジュディスへと視線を向ける。
説明しろ、と言いたいのだろう。意図を察したジュディスが笑う。
「女の私の髪が長いのはいいとして、男で、お手入れとかそういうのを面倒だと思っていそうなあなたの髪が何故長いのか、不思議で、ね?」
「おっさんだって長いじゃねえか」
「え、なんでこっちに話振るのよ青年!?」
「はっ、どうせおっさんの場合は変装とか二面性とかそんなんでしょ。ってゆーかどうでもいいし」
「リタっちひどい!!」
ユーリ以外に関心のないリタにばっさり切り捨てられ、部屋の隅でいじけるレイヴンをカロルが慰めていた。
どちらが年長者なんだか分からない。
「……おっさん、すまねぇ…」
『そういうわけで』
「へ…?」
振り返ると、何やら異様な迫力の女性陣がユーリに迫っている。
「ほんとのところ、どうなのよ?」
「どうなのかしら」
「どうなんです!?」
「え、いや」
たじたじになりながらもユーリは溜め息を吐くと、仕方ないな、と前置きして話し始めた。
「髪が長いと便利だろ?」
「便利、です?」
「ああ」
「どうしてよ?…まさかあんた、わざと女と間違わせといて、因縁つけてその相手から金品巻き上げ」
「何だその発想は!!つうかおまえ、オレのことどう思ってんだよ」
「…でも、髪が長くて便利な事なんてあるかしら?よく分からないわ」
「そうねえ、おっさんも」
「あ、ボクも!!」
「だからさぁ…」
全員の視線を一身に受け、再び大きな溜め息を吐いてそれこそ面倒臭さそうにユーリが一言。
「金になるだろ」
『…………は?』
言葉の意味が分からず固まる一同を意にも介さず、さらにユーリが話を続ける。
「なんでか知らねえけど、結構な高値がつくんだよな、野郎の髪だってのによ」
長い一房を弄びながらユーリは思案顔だ。何故売れるのか、本当に分かっていないのだろう。
「まあ、そのおかげで飢えを凌げた事もあったんだけどな…」
何かを思い出しているのかしみじみと語るユーリだが、仲間は何も言えず無言のままだ。
「あ、だから安心していいぞ?食えなくなったらとりあえずコレ、売っぱらって金作って来るから、………よ!!?」
『ユーリ!!!』
物凄い勢いで詰め寄って来た女性陣に掴み掛かかられて目をしばたたくユーリだったが、レイヴンとカロルも物言いたげにユーリをじっと見据えている。
ユーリは訳が分からずに固まるばかりだ。
「へ、なに…おまえら」
「あらあら、そういうのはちょっと、頂けないわね」
「ジュディ?」
「大将ぉ〜?俺様もそれには賛成できないわ」
「な、なんでだよ?髪なんてまた伸びるんだし、手っ取り早」
「何言ってるの!?ダメだよそんなの!!」
「あんたそれ、本気で言ってんじゃないわよね!?」
「何なんだよ!?」
次々浴びせられる否定的な言葉に混乱するばかりのユーリだったが、ふと見ればエステルがただ一人、俯いたままでいる。
「エステル?どう…」
「…ダメです」
きっ、と顔を上げたエステルは大きな瞳に涙を浮かべ、ユーリの胸を叩きながら必死の形相で叫んだ。
「そんなの絶対ダメです!!絶対、絶対です…!!」
「…エステル」
ぐるりと視線を巡らせれば、仲間は皆一様に頷きながら鋭い視線をユーリに向けている。
相変わらず訳は分からないが、どうやら仲間達は全員、自分が髪を売る事に反対のようだ。
「えーと?あの」
「…そんな訳ですから!!」
「うわ!?」
「絶対、そんな事しちゃだめですよ!!?」
瞳を潤ませながら見上げてくるエステルに、ユーリの混乱はピークに達していた。とりあえず、言うことを聞くしかない。
「は…」
「いいですねっっ!?」
「は、い…」
全くとんでもないわ、何考えてんの、とさんざん好き放題言われながら、何故こんなに反対されなければならないのか、最後までさっぱり分からないユーリだった。
「…みんな、なんであんなに怒ってんだ……?」
「ワフゥ?」
「オレにはわかんねぇよ、ラピード…」
「クゥ………」
相棒に話し掛ける背中は、どこか物哀しいものを漂わせていた。
ーーーーー
続く