最終話
追記よりあとがきです。
オレが怪我をしたあの日から三日後、訓練は再開される事になった。
本当は、他の新人共に事情の説明したり聴取したりを二日間、つまり昨日までに済ます予定だったのが、意外に一人当たりに時間がかかり、結局一日増やしたらしい。
別に全員終わるまで待たなくてもいいんじゃないか、とオレはフレンに言ったんだが、余計な混乱を避け、不安を少しでも減らす為にも全員に説明してからの再開にしたい、と言われた。
まあ確かに、まだ何も聞いてない奴と既に説明された奴が一緒にいたら、そいつら同士の会話が伝言ゲームのようになって間違った話が広まる可能性はある。
待機中は、隊員同士の接触も制限されてたしな。
ちなみに、訓練期間は三日間きっちり延長された。
オレはともかく、新人共にとっちゃ貴重な訓練期間だからな。不測の事態だったとは言え、そのまま日数減らす訳にはいかなかったんだろう。
…オレはこの姿でいなけりゃならない期間が増えて少しばかり憂鬱になったりしたが、新人共は嬉しそうだった。嘆願書が受理される筈もなく、オレがここに残ることはないと説明されていたからだ。
さっさと帰れと言われるよりはいいのかもしれないが、やっぱりこの格好からは早く解放されたい。
もし嘆願書が正式に提出されていたとしても、そんなもんは却下だけどな。
…オレが騎士団に戻るなんて有り得ない。ましてやこんな格好でとか、無理だっての。
嘆願書と言えば、フレンは何故か一旦処理を保留にした。
その時はさっさと却下しろ、と言ったオレだったが、後からもう一度、その理由を聞いてみた。
…ほんの僅かでも、オレが騎士団に戻る可能性というものを考えてみたかったらしい。勿論、女装してなんかじゃなく、真っ当な形で。
ソディアの言っていた、迷惑なだけじゃない、ってのはこういう事か、と思った。
いい加減諦めが悪すぎるだろ?……こんな馬鹿げた格好じゃなかったとしても、お断りだ。
そう言ってやったら、仕方ないね、と笑っていた。
「とりあえず、これが纏めだぜ」
「ありがとう。…なんだ、書類仕事もちゃんとできるんじゃないか」
「……もう二度とやらねえからな」
訓練を全て終えたその日、オレは執務室で新人共の能力を評価して記した書類をフレンに渡した。
これが済んでしまえば、仕事は全て終了だ。
やっと明日、城から出ることができる。
…教官としての仕事で、最後のこれが一番面倒だったかもしれない。
別に一から全部書くわけじゃなく、予め決まってる項目毎に点数つけて総評書くだけだが、この総評ってやつに苦戦した。
手紙もろくに書いたことないってのに、更に畏まった文章なんか書けるかっての。
「初めの書類を見た時には、どうしようかと思ったけどね…」
「仕方ねえだろ。向いてねえんだよ、こういうのは」
「君が真面目に机に向かってる姿も見たかったな」
「勘弁しろって…。おまえそれ、ちゃんと見直しといてくれよ。オレの評価なんか当てにならねえと思うぞ」
「そんな事ないと思うけど。まあ、一応見てはおくよ。……ユーリ」
「ん?何だよ」
「お疲れ様。……ありがとう」
少し寂しげに言うフレンに苦笑する。
「…別に今生の別れって訳でもないだろ?いつでも会えるじゃねえか」
「嘘だ。これまでだって君はあちこち飛び回ってて、なかなか戻って来なかったじゃないか。こんなに長い間一緒にいられたのなんて、いつ以来だと思ってるんだ」
じっと見つめてくる視線が痛い。
「いつ以来って…。旅が終わって以来、じゃないのか、多分。でもその間も何度か行ったじゃねえか」
「そうだけど…。もう、あの頃と同じようには待てない」
「…フレン」
「いつでも会えるというなら」
椅子から立ち上がったフレンが、机を挟んでオレに両手を伸ばす。
近付いてこちらも手を伸ばすと、両手首を掴まれて軽く身体を引かれる。
前のめりになったところで耳元にフレンが顔を寄せて囁いた言葉に、もう、覚悟を決めるしかなかった。
―――今夜、会いに来て
翌朝、目を覚ましたオレの視界に真っ先に飛び込んで来たもの。それはオレの髪の毛を弄る、フレンのにやけ顔だった。
…昨晩、フレンに抱かれた。
最中のことは……はっきり言って、あまり覚えていない。
覚えているのは、恥ずかしさと痛みで死にそうだったこと。
それと、何度もオレの名前を呼ぶ、フレンの声。
いつ眠ったのかすら覚えてなかった。
そうして目が覚めてみればこんな状態で、またしてもオレは死にそうな気分になっていた。
なんで、って、恥ずかしいからに決まってんだろ…!
「…………」
「…おはよう、ユーリ」
「…おう」
「…………」
「…いつまで見てるつもりだ」
「いつまででも」
「………っ!もう起きるぞ!!」
耐えられるか、こんな状況!!
男に…フレンに、どうこうされたとか、考えただけで頭が痛い。いや、痛いのは頭だけじゃない。身体中、あちこち痛い。
それがまた夕べの出来事が現実なんだと思い知らされるようで、顔から火が出る思いだった。
…ちくしょう、これじゃオレ、ほんとに女みたいじゃねえか…!
追い縋るように髪に触れるフレンの腕を振り払ってベッドから降り、脱ぎ捨てられた服を拾って身に着けると、フレンも起き上がり、僅かに眉を下げた。
「…なに残念そうな顔してんだよ…」
「ん?…もう、君の騎士姿も見られないんだと思うと…やっぱり少し、残念だな」
「……あのさ。最初から気になってたんだが…。おまえ、そういう趣味なのか?」
「そういうって?」
「男に女装させて喜ぶ趣味」
オレの言葉にフレンは一瞬ぽかんとして口を開けたが、すぐに怒ったように唇を尖らせ、上目遣いに見上げて来た。
「…違うよ」
「そうかあ?それにしちゃやたら嬉しそうだよな、オレが女装すると」
「それは、君だからに決まってるだろう」
「…何で」
「君だから、どんな姿も好きなんだ。…もっといろんな姿、見てみたいな」
「馬鹿な事言ってんじゃねえよ!公開女装プレイとか、二度と御免だからな!!」
そのまま窓に向かって歩き出したオレに、フレンが慌てて声を掛ける。
まさかこのまま帰ろうとするとは思わなかったようだ。
「ちょっ、ユーリ!そこから出て行くつもりか?」
「いつもの事だろ。さっさと帰りたいんだよ、オレは。…仕事の報酬、上乗せして請求するからな、覚悟しとけよ!」
わざとらしくため息を吐いてフレンが応える。
「全く…仕方ないな。…ユーリ」
「何だよ!」
窓枠に足をかけたところで呼ばれて振り返る。
何度目だよ、このタイミング…。
「また、会いに来てくれるんだろう?」
「…報酬貰わなきゃならねえからな。じゃあな!!」
フレンが何か言うのを背中で受け流し、窓の外へ身を翻す。
あまりにも濃密だった一ヶ月が漸く終わった。
額に残った小さな傷跡と、胸の奥に生まれた熱を抱え、オレはまた自らの居場所に戻って行く。
…ここに来る前は確かに『親友』だった筈の男は、今では『恋人』になってしまった。
今度はどんな顔して会いに行けばいいのか考えるだけで、心がざわざわと落ち着かない。
……また当分、落ち着かないんだろう
ーーーーー
完