続きです
あの日からさらに一週間が過ぎた。
オレは相変わらず新人の指導を続けている。
訓練期間は残り二週間。その間に新人の面倒を見つつ、フレンの『事情』も解決しなけりゃならない。
…あと、二週間、か。
結局、例の彼女については今まで通りに接していく、という事で落ち着いた。
フレンはまだ多少抵抗があるみたいだったが、いきなり態度を変えるほうが不自然だし、あちらの動きもない以上、そいつ共々しばらく様子を見るしかない。
オレとしては別にそいつを特別扱いしてるつもりはないんだが、一人になりがちな彼女の相手はオレがしてやるしかない。
苛められてる、とまではいかないが、彼女は確実に浮いていた。
だがフレンに話を聞いて以来、オレの彼女に対する見方は変わっていた。
そりゃそうだよな。フレンを悩ます縁談の相手で、しかも入団試験すら受けずにこの場にいるんだ。
本人は相変わらず真面目に訓練に参加してるし、遅刻とか病欠とかもない。
少しずつではあるが剣の腕も上達してるし、オレに少し褒められただけで本当に嬉しそうな様子だ。
そこには悪意とか後ろめたさとか、微塵も感じられない。
だからこそ、オレは違和感を感じずにはいられなかった。
彼女は多分、自分が真っ当な手段でもって騎士団に入ったわけじゃない事が分かってる筈だ。
騎士団には入団試験がある。
オレだって、その当時はちゃんと受けて入団した。
だが彼女は試験そのものを受けてない。
コネを使い、成績をごまかして入るような貴族のボンボンもいるにはいるが、それですらないんだ。
尤も、フレンが団長になってからはそれも限りなく不可能だ。
フレンも言ってた事だが、最初は親に無理矢理入れられたんだとしても、彼女が本当に騎士になりたいと思うようになったんなら、そこを疑問に感じるのが普通なんじゃないか?
何か、おかしいような気がするんだよな…。
「ユーリ、どうしたんだ?」
広場から少し離れて新人の様子を見ていたオレの背後から現れたフレンは、隣に立って同じように訓練の様子に目をやった。
「……対多数の敵との戦闘訓練か?」
「お、さすがだな。分かるか」
「当たり前だろう。…自分が苦手な戦闘方法も訓練に取り入れるなんて、君も大人になったものだね」
「…馬鹿にしてんのか」
今は五人ずつでチームを作り、二人が味方、三人が敵という役割で模擬戦闘をさせてる最中だ。
敵役の中に一人チームリーダーを決め、予めオレが想定したシチュエーションで戦うように言ってある。味方役にはそれを知らせずに、だ。
チームの割り振りはオレがした。
別にあいつらに任せてもいいんだが、実力が偏ってもよろしくないからな。
「どうだい、彼女達の様子は」
「んー、まあここでできることなんて限られてるしな。とにかく今は体作って体力つけるだけだろ。あとは正式にどっかの隊に所属してから地道に任務をこなしていくしかねえんじゃねぇの」
フレンが大きく目を見開いた。
心底驚いた様子でオレを見つめている。
「…なんだよ」
「君からそんな、まともな見識を聞くことになるなんて…!」
「…………」
どんだけ失礼な言い方だよ、それは。
フレンに頼まれたから仕方なく引き受けたとはいえ、真面目にやってるのに。
女騎士として生活するのに慣れつつあるのも嫌な感じなんだぞ。
何だか腹が立って、オレはフレンの頬を思い切り引っ張ってやった。
「いたたたた!!いった、痛いってユーリ!!」
「誰が聞いてるか分かんねえんだ。本名で呼ぶな」
「わかった、わかったから!!」
手を離してやると、フレンは涙目で頬をさすっている。
ふん、いい気味だ。
「いったー…、少しは手加減しなよ!」
「必要ねえだろ」
しれっと言ってやったら、フレンもむっとした様子だ。
「…仕返し、するからな」
「あ?うわ!!」
フレンは素早くオレの腕を取ると、今まで寄り掛かっていた木の幹にオレを押し付けた。
そのままフレンの身体と幹の間に挟まれてしまう。
「形勢逆転、だね」
なんとも嬉しそうな笑顔に呆れてものも言えない。
確かにオレはフレンの気持ちを受け入れたし、そうでなくても恋人として振る舞うことは『作戦』の一つではあるんだが。
「…おまえ、少し自重しろよ」
「どうして?」
「あいつに対する牽制なら、そんなに必要ねえだろ」
縁談の相手である例の不正入団の女は、フレンではなくオレに好意的だ。
オレは今『女性』なわけだし、こんなとこを見せたからってあまり意味はないだろう。
だいたい、ここじゃあいつらからは死角になってオレ達の姿は見えない筈だ。
別に見せたいわけじゃないが。
「彼女に対してだけじゃないから、いいんだ」
本来の『目的』とは別に、フレンはこれで自分に対する縁談の類が無くなることを期待している。
そりゃ分かるんだが、オレとしては最近、マジでフレン自身の評判が気になって仕方ないんだよな。
「そろそろあいつらのとこ行かなきゃいけねぇし、離れろよ」
「まだ仕返ししてないけど」
「あのな!おまえ最近、めちゃくちゃ評価落としてんぞ!?陰でオレ達、なんて言われてるか知ってんのか?」
「さあ」
「『帝国最強のバカップル』だ」
「…………どこで言われたんだ、そんなの」
「直接言われたわけじゃねえよ。こないだおまえの部屋から帰る途中、見回りの奴らが話してるのを聞いた」
「…へえ……」
「オレは構わねえぞ、どうせ今だけだからな。だけどおまえは下手すりゃこの先ずっと言われ続ける可能性があるが、いいのか?」
「まあ…そんな事にはならないと思うけど…」
フレンはようやくオレから身体を離すと、さすがに少しばかり傷付いた感じだった。
バカップル呼ばわりされるとまでは思わなかったのかもな。…端から見りゃ、間違いなくそうなんだが。
…そういやこいつ、そもそも何しに来たんだ。
「オレは戻るけど、おまえ何か用があったんじゃねえの?訓練見に来ただけか?」
オレの言葉でフレンは何か思い出したように、ああ、と答えると、少しだけ視線を彷徨わせた。
「なんだよ?」
「いや…何でもない。今日の報告の時にでも話すよ」
「そうか?ならオレは戻るから」
オレは背中越しにフレンの視線を感じつつ、新人達の元へ戻った。
「悪ぃ、待たせた。チームリーダーだった奴は報告聞くから残ってくれ。他の皆は休憩な」
新人達は返事をしてそれぞれ散っていく。
オレの前にはリーダーをさせた四人だけが残った。
と、一人が俯いて他の奴に隠れるようにしているのに気付く。
「おい、どうした?」
声を掛けられたやつの肩がびくんと震えた。
…様子がおかしい。
近付いてみると、左のこめかみから僅かに血を流している。よく見れば顔も少し腫れていた。殴られた、のか。
「…どうしたんだ、その怪我。なんでそんな事になってる?」
「い、いえ!私の力不足で」
「説明しろ。誰だ?」
オレの質問に、目の前の新人が視線だけで答える。
視線を辿った先にいたのは…
(あいつが…!?)
視線を戻したオレに説明を求められて、目の前の新人騎士が恐る恐るといった感じで話し始めた。
はじめは、ごく普通だった。
オレの指示通りに敵役として動き、三人で味方役に攻撃する。味方役の二人は不規則な攻撃をかわしながら機会を窺い、一人ずつ確実に倒す。そういう流れの筈だった。
だが、「あいつ」は技量が他と比べてまだ低い。
攻撃を受け流すのも下手で、もう一人の味方役より圧倒的に打ち込まれていた。
「それで…私の攻撃で彼女が剣を落としたんですが、そうしたらいきなり飛び掛かって来て、顔を…」
「殴られた、ってわけか」
「はい…。仲間がすぐに止めましたし、大したこともありません。実戦を想定していると思えば、そのようなこともあるかと」
「それはない。武器を失って敵に突撃するなんて無謀にもほどがあるだろ。機会を見て武器取り返すか、一旦引いて体勢を立て直すのが正しい判断ってやつだ。」
「も、申し訳ありません」
別にこいつを責めたいわけじゃない。
「いや。悪かったな、ちゃんと見てなくて。…教官、失格だな」
本当にそう思った。
目を離した隙に、こんなことになってたなんて。
「そ、そのようなことは…!」
オレは怪我の具合を確かめようと思い、その顔に手を伸ばしてみた。
「あー、腫れて熱持ってきたな。早く医務室行ってこい」
「は、はい!し、失礼します!!」
何故か真っ赤になって駆けて行った新人を見送り、他の連中に話を聞いて休憩に行かせた後、オレは一人、考え込んでいた。
(…思ったより、手強いかもしれないな…)
見遣った先には、全く普段と変わらない様子で寛ぐ女騎士の姿があった。
ーーーーー
続く