喫茶店でまったりとした空間の中、鼎と御堂はなんとなくゆるい雰囲気になり始める。


「和希の戦闘スタイルはかなり独特だが、誰かから影響受けたのか?」
鼎は前からずっと気になっていたことをそつなく聞いてみる。

「…え?錦裏先輩のおかげでこうなったんだよ。
俺さぁ、どうやら癖がものすごく強いみたいでさ…先輩から『御堂は癖が強いから、対怪人装備は合わないんじゃないか?』ってなったわけよ」
「それで対怪人装備じゃない、カスタム銃とサバイバルナイフが基本装備になったのか」

「先輩には頭上がらないわ…。先輩がいなかったら、ゼルフェノアにはいなかったのかもしれないし」



鼎は喫茶店に入店してきたある人物をチラ見した。
「和希、あれ…錦裏じゃないのか?」

御堂は鼎が示した方向を見る。錦裏と…誰だろう。2人組だ。


「あれ、御堂だ。奇遇だな〜こんなところで会うなんて」
錦裏は鼎と御堂が座っているテーブル席の隣に座った。

「先輩…となんで柚希(ゆずき)がいるんだよ」
「兄貴久しぶり〜。錦裏さんが帰ってきたからちょっとね」


「…和希。柚希とは…妹か?錦裏とはどういう関係なんだ」
鼎の声が若干低くなる。

「あー、説明してなかったわ。御堂家と錦裏家は家族ぐるみの付き合いなんだよ。すんげー仲いいのよ。
柚希は妹だ。…鼎、今まで家族の話とかしてなくてなんかごめん」

「そうだったのか…」


柚希、間近で司令補佐の鼎を見て感激。

「き…紀柳院司令補佐ですよね!?本物だ…カッコいい…!」
柚希は思わず「仮面の司令補佐」鼎の手をとった。鼎は一瞬ビクッとする。鼎は黒手袋越しだが、なぜだか緊張した。

「お会い出来て嬉しいです〜。キャー」
「柚希、鼎が戸惑ってるから手…離してやれよ」


御堂は柚希に注意した。
「ご…ごご、ごめんなさいっ!つい有頂天になっちゃいまして」

柚希は手を離した。鼎はほっとしたらしい。いきなり手をとるとか、この妹…いちかと雰囲気が似てるが悪気はないようだ。


「先輩と柚希は何しに来たわけ?」
御堂、だるそう。

「これから出版社に行くんだよ。ほら前言ってなかったっけ?兄貴忘れたの?
大河さんは雑誌のカメラマンやってるでしょ?
私…この出版社がゼノクスーツ着用者向けの女性ファッション雑誌を出すとかで、『モデルをやってくれー』って言われてさ。モデルと言ってもゼノクスーツ姿だから顔は一切見えないんだけどね。のっぺらマスクで動くマネキンみたいになっちゃうが、気にしないよ」


ゼノクスーツ着用者向けの女性ファッション雑誌って…意外と需要あったんだ…。
この世界ではちらほらとゼノクスーツ姿の人がいるが、なぜか男性よりも女性が多い。色々と事情もあるのだろう。

ゼノク職員の烏丸みたいな人もいるから、事情は人それぞれ。


「間接的にゼルフェノアに関わることになるからよろしくね♪」
柚希は楽しそう。

「2人ともこれ見てみる?雑誌のサンプルというかイメージ資料。これは見せてもいいやつだから大丈夫だよ。プロモーション用資料だからね」

錦裏はイメージ資料を渡した。


鼎と御堂は資料を見た。
ゼノクに置いてあった、ゼノクスーツカタログをブラッシュアップしたような感じらしい。スーツ着用者のお悩み相談のページを設けてあるあたり、女性誌って感じだが。


「良かったら一緒に出版社とスタジオに行かない?ゼノクスーツのカタログ用の撮影してるとこ、見れるかもよ」
「いいのかよ…俺と鼎が押し掛けて…」

「いつかは司令クラスの人に現場見て欲しいって出版社の人達が言ってたから、ゼルフェノア関係者の見学は大丈夫みたいだよ」
「柚希…お前、モデルと言ってもゼノクスーツじゃ誰が誰だかわからんと思うんだが…。顔見えないし。それでもやるのか」

「必要とあらば、やりますぜ」


なんとなく和希に似てるな〜。柚希は…。



4人はコーヒーブレイクした後、件の出版社とスタジオを見学することに。


スタジオではゼノクスーツカタログ用の撮影が進んでいた。最新版のカタログの撮影だそうで、男性モデルと女性モデルがいたが2人ともゼノクスーツ姿で顔は一切見えない。
製品カタログの撮影なため、モデルはゼノクスーツだけ着てる。


ゼノクスーツのモデル専門カメラマンの1人が簡単に説明する。

「ゼノクスーツの撮影って難しいんですよね。モデルの顔が見えないですから。モデルの2人はゼノクスーツ着用者なんです。彼らはベテランですよ」


だから自然なんだ…。


「柚希ちゃん、ファッション誌向けだとゼノクスーツの上から服着るから暑くなりますよ。夏は熱中症注意だよ」
「わかってますって。それにしてもこのモデルさん達すごいな…」


「ゼノクスーツ姿でモデルになりたい人はなかなかいないですからねぇ。
でも怪人由来の後遺症で苦しんでる人はいますから、このような雑誌やカタログは必要なんですよ。ちなみにゼノク公認です」


ゼノク公認ってなんかすごいことになってる…。


「最近、ゼノクスーツ着用者…若年化してるのかな…。学生さん達がかなり悩んでいるようなんですよ。
いじめの温床にもなりかねないですし。中には親子もろともゼノクスーツの方もたまにいますからね。心が痛くなりますよ」

「そういえば街中にちらほらいたな…ゼノクスーツに学校の制服姿の人達」
鼎は思い出した。


「それで雑誌の刊行に踏み切ったわけか…熱意すげぇ」
「ゼノクスーツ着用者向けの雑誌編集部にもスーツ着用者を入れるようにしています。当事者の意見は大事だからね」



スタジオを後にした後、出版社の見学へ。件の雑誌編集部を見せてもらえた。


「ゼルフェノア本部の紀柳院司令補佐と御堂隊長だ…!」
編集長らしき人が大袈裟に反応してる。

「編集長…2人とも戸惑ってますよ〜」
副編集長が茶々入れる。件のゼノクスーツ着用者向け女性ファッション雑誌の編集部はどこかゆるい雰囲気。


編集部には確かにゼノクスーツ姿の女性が数人いる。

街中で見るよりも多いゼノクスーツ率。この編集部には5人いるんだとか。
5人のスタッフは自分だとわかるように、思い思いの好きな色のゼノクスーツで主張していた。ファッション雑誌の編集部なせいか、お洒落に見える。


撮影を終えたあのゼノクスーツ姿のモデル2人も来た。
ゼノクスーツ関係は部屋が近いらしい。カタログ編集部は隣だとか聞いた。


「撮影お疲れ様でーす」
編集部が2人を労う。

日頃からゼノクスーツ姿のモデル2人はスーツの上から服を着ている。カタログ用の撮影時はスーツのままのことが多い。


専属モデルの1人、女性の方が柚希に話しかけた。

「御堂柚希さんですね。これから撮影は大変になりますが、楽しもうね。このスーツも慣れればなんてことないから」
「雅(みやび)さん、頑張ります!」

「じゃあ早速スーツ着てみようか?最初は違和感すごいと思うけど、ちょっと付き合うよ。肌触りはいいし、通気性もいいから大丈夫だとは思うんだ」
「い…いいんですか!?」
「このフロアはゼノクスーツ関係だから試着部屋も充実してるし、私達スーツ着用者には優しい仕様なんだ。だからこの出版社と近くのスタジオには見学者が来るんだよ」


「雅さん、試着します」
「じゃあ行こっか」

2人は同じフロアのどこかへと消えた。



鼎と御堂は錦裏がいないことに気づいた。


「錦裏がいない…」
そこに編集長がカットイン。

「司令補佐、彼はまだ復帰出来ないので今日は下見だけですよ。
異界にいた期間が長くて弊害出てるから、もう少し休ませないと。見た感じ、かなり慣れてるみたいですが」



錦裏は変な感じになっていた。まだ復帰には時間かかるかな…。
錦裏はふらふらと出版社を後にする。



出版社のとあるフロアの一室では柚希が初めてゼノクスーツを着ていた。


「初めてならこの色の方が見やすいかも。とりあえず薄いベージュにしてみたよ。どうかな?視界が狭いのは仕方ないんだけど、慣れるから」
「…なんだか…変な感じがします…。でもなんだろう。守られてる感じがする…不思議」


「このスーツ、不思議だよね。怪人由来の後遺症がない人でも着る人いるの、わかるんだ。
見た目はあれだけどさ、肌触りはいいでしょう?あとそんなに苦しくないでしょ?」
「なんかこのままでいたい…かも。雅さんは1日中ゼノクスーツ着てるんですよね?人前ではずっとその姿なんですか?」

「ゼノクで治療は終えてるけど、まだ微妙なんだ。それに不安だし…。
1年に1回、ゼノクに行って見てもらってますから」

「専属モデルも大変そう…」

「柚希ちゃんはまだ縛りが少ないからいいかもね。
ゼノクスーツ着用者向けだけど、『ファッション雑誌』のモデルに抜擢されたわけですし。自信持っていいんだよ」
「まず、このスーツに慣れないと…。違和感に慣れなきゃ…」

「そのスーツ、あげますよ。ここにある試着用は貰ってもいいんです。新品ですし。
モデルしてるとどんどんゼノクスーツ増えますけどね〜。ゼノクスーツはマスクが口に触れる関係で貰うか、買うハメになるんですよ」



鼎と御堂はようやく出版社を出た。編集部のスタッフに捕まり、質問攻めにあったせいで疲れたが。
特にゼノクスーツのスタッフが意外と押しが強くてたじたじに。


「錦裏がカメラマンしてたなんて知らなかったぞ…。まだ復帰出来ねーみたいだが。しかも柚希がゼノクスーツでモデルって寝耳に水もいいとこだぞおい」
「柚希が姿を消したのはスーツの試着だったみたいだが」

「…次会うときは柚希のやつ、ゼノクスーツ姿かもしれねぇぞ…。
編集長言ってたじゃん。ゼノクスーツのモデルで元々着用者じゃない人は、ある程度慣らす期間があるって…なんか複雑」


兄貴からしたら複雑だよな…うん。



翌日。いつもの本部。


「暇だー…」
御堂のボヤき。
「暇なのは平和だってことだろうが、和希」

「鼎まで室長と同じこと言ってやがる…」



番外編(下)へ。