桐谷は後輩の烏丸が気になっていたようで。
「平和になってから、ゼノクに来る人って減りましたか?」
なんとなく関係ない話に切り替える桐谷。
「組織の人間と入居者の家族と、全然変わってないですよ」
「…誰も来ないですねぇ」
桐谷は正面出入口を見つめる。インフォメーションからはロビーが見えるため、ある程度は見渡せる。
「ゼノクは場所柄、隔離されたような施設ですから…。研究機関がメインみたいなものですし」
言われてみれば、まぁ…。
「それでは私は鼎さんといちかさんの用事が済んだのか、様子を見てきます。
もしかしたら晩ごはん食べてから戻るハメになるのか、わかりませんが…。
ゼノクに私達が行くとだいたい込み入ってしまって、泊まりになること多いんですよね」
桐谷は少し申し訳なさそうな曖昧な笑顔を烏丸に見せ、行ってしまう。
桐谷先輩行っちゃった…。
ゼノク・憐鶴(れんかく)の請負人地下本拠地。
「憐鶴は『司令の資格』を持ってると人づてに聞いた。本当なのか?」
鼎は真剣に憐鶴に聞いてる。
「本当ですが…活かされたことはありませんね。請負人してるとなかなか…」
「よくあんな難関を突破したな。組織の司令資格の試験はかなり難しいと聞く。私はまだ受けるかさえ決めてないが…」
そんな2人の微妙な空気を破ったのが苗代と赤羽。
「憐鶴さーん、紀柳院さーんおやつ食べません?コンビニで買ってきました〜。息抜きは大事ですよ。休憩しましょ〜」
苗代はおそらくコンビニスイーツと飲み物が入った袋を見せた。お菓子もたくさん入っているらしい。
これは苗代と赤羽なりの気遣いだった。
「お前達2人は憐鶴の協力者の…」
「苗代です」
「赤羽だよ。正式には俺達は請負人じゃあないんだけどね。請負人なのは憐鶴さんだけなの。
俺達2人は組織の隊員ってことになってるわけね。憐鶴さんはちょっと違うんだけどさ」
苗代は袋から買ってきたスイーツやお菓子を机の上にざーっと開けた。
「とにかく食べて!」
「わ、わかったよ…」
鼎、思いがけないおやつに戸惑う。そのコンビニスイーツはたまに買うものだった。定番商品と期間限定が混じっている。
お菓子、買いすぎだろうて…。
「苗代と赤羽、ありがとね」
鼎はさりげなく礼を言う。
4人で和気あいあいとおやつタイム。なんだか空気が変わったな。和やかになっている。
一方、ゼノク・東館。
いちかと兄の眞、七美もだんだん打ち解けてきたか?
「兄貴、職員っていうかあんま変わってないよね」
「それ言うなって。まだ慣れてないんだよ…。西澤室長の計らいで七美の担当になったんだけどさ」
「担当って1人だけ…なわけないよね?」
いちかの素朴な疑問に七美が答えた。
「私には女性の担当者もいるよ。私とは長いんだー。だから信頼してる。まこっちゃんは友達だから信頼してるよ」
「ななみー、そうなんだ」
ななみー!?
眞はいちかがつけた七美のニックネームに一瞬ビビる。
「兄貴、どうしたの?」
いちか、きょとんとしている。
「七美のこと、『ななみー』ってお前…」
「いいじゃんか。七美さん優しいし、マスクで顔は見えないけど…七美さん、いつか素顔見れたらいいね。兄貴みたいに」
「治療頑張るから…。いちかちゃん、ありがとね」
桐谷は再び1階へ戻っていた。インフォメーションカウンターに烏丸がいない。休憩に行ったのか?
烏丸は次の日、休みだった。
ゼノク・職員用休憩室。
烏丸はひとり、佇んでいる。そこに来たのは西澤室長。
「烏丸がひとりだなんて珍しいね」
「西澤室長……いや、なんでもないです」
「何かお悩みのように見えるけど…」
「数年前私にこのゼノクスーツを勧めたのって、実験を兼ねてるんですか?」
「実験とまではいかないが…今まで黙ってた。今ではそのスーツなしでは業務に支障が出る状態だもんなぁ…。休日も出かけた時最初はスーツは着てないが、ないと不安なんだろう」
「依存…ですよね。スーツ依存…」
ゼノクでは一部職員のゼノクスーツ着用者によるスーツ依存が深刻化。烏丸はその筆頭なのだが、カウンセリングを受けてもどうやってもなかなか脱却出来ずにいる。
「そうだ。本部に1日行けば何かしら変わるかも。宇崎司令に掛け合ってみるね。烏丸は元は本部隊員だったから、古巣に行けばスーツ依存脱却のヒントになるかもって」
本部!?唐突すぎるよ!!
烏丸、混乱。
「ちょ…ちょちょちょちょちょっと待って下さい!本部にこの姿で行って大丈夫なんですか!?」
「紀柳院がいるから大丈夫。現に『仮面の司令補佐』は市民にも受け入れられてるだろう?
ゼノクスーツの隊員がいてもなんらおかしくはない。…あ、職員か。市民にも何らかの事情があってゼノクスーツ姿で人前に出ている人だっているわけだし…。おかしくないから」
確かに首都圏は怪人の出現頻度が高い土地柄=市民が襲撃に遭いやすい=怪人由来の後遺症に苦しむ人がいる。
…治療を終えてもこの場所以外でゼノクスーツ姿の市民がそこそこ多いのは首都圏だ。
「試しに1日だけ本部行くかい?」
「…はい」
「よし、じゃあ宇崎にアポ取るか!烏丸、はいコーヒー。今は休憩して。ほら、座ってさ」
西澤は缶コーヒーを渡した。烏丸は受けとる。
複雑なことにはなってはいるが、西澤室長なりに色々頑張ってるのかな。
しばらくすると烏丸は持ち場へ戻った。その近くには桐谷が。
「桐谷先輩、もしかしたら1日だけ私…本部に行くかもしれないです」
「今日明日じゃあないですよね」
「…はい」
やがて鼎といちかも合流。いちかは鼎からお菓子の余りを貰ってた。
「きりゅさんいいの?これ全部貰って」
「苗代達が私と憐鶴のためにコンビニでスイーツとお菓子を買ったんだが、あいつら買いすぎたらしくてね。欲しいならあげるよ」
「やったー!」
いちか、早速お菓子をつまむ。空気読め。
そんなこんなで鼎達3人はゼノクを出た。
この日は珍しく夕方の食堂に憐鶴の姿があった。憐鶴達3人は後から来た眞と七美をチラ見。
「憐鶴さんがこの時間帯に食堂行くなんて、めちゃめちゃ珍しいですよ」
苗代が呟く。
「なんとなくね」
憐鶴はハヤシライスにしたようだ。赤羽はカツカレー。苗代はソース焼きそばとおにぎり(鮭)。
食堂の手作りおにぎりは大きめサイズなせいか、よく買う人が多い。男性客に好評。
おにぎりはテイクアウト出来るため、夜勤の職員が買うこともある。
少しして、烏丸が晩ごはんを食べに食堂へやってきた。彼女も食堂を時々使う。
「烏丸さーん、一緒に食べようよー」
そう声を掛けたのは七美。
七美と烏丸はゼノクスーツを着ている者同士なせいか、職員や入居者の垣根を超えて親しい。
ゼノク自体そういうところはゆるく、職員・隊員・入居者の垣根を超えて交流している。
そもそもゼルフェノア自体、ゆるい組織なのだが平和になったことでさらに緩和。
本部に戻った鼎達は宇崎からある話を聞く。
「近々、ゼノク職員の烏丸が本部に1日だけ来るからよろしくね。
彼女からしたら本部は古巣なんだ。桐谷、彼女を頼んだよ」
「わかりました」
本部・休憩所。鼎達3人は遅い晩ごはんを食べていた。近くのコンビニで買ったコンビニ弁当や惣菜だが。
「本部で晩ごはんって、変な感じだよ〜。でもお腹減ってたからなんでも美味いっ!」
いちかは美味しそうに食べている。鼎と桐谷は淡々と食べている。
「決戦の時を思い出すな」
「あの時は殺伐としてましたからね〜」
「きりやん、『烏丸』さんって誰なの?」
いちかがなんとなく聞いてきた。
「ゼノクのインフォメーションに、ゼノクスーツ姿の女性がいたでしょう?彼女は私の後輩なんです。…元本部隊員でした」
「あ。確かにいた!」
翌日。休日の烏丸はゼノクスーツを脱ぎ、素顔で出かけようとするも不安でパニックになりかけている。
一応バッグの中にスーツとウィッグ、帽子と例の器具を入れてきたけど…不安が尽きない…。やっぱり依存してんのかなぁ。
烏丸は組織用居住区を出たが、出かけて程なくして限界を迎える。
だただ…ダメだ…。あのスーツがないと…視線が怖い…。
少し離れた場所に行くだけなのに。
彼女は辺りを見回して、とある施設のトイレへ。個室でゼノクスーツに着替え、上から服とウィッグを着けてトイレから出た。帽子はウィッグの髪の乱れを隠すためにある。
場所がゼノク周辺なことから、変に思われなかったのは救い。
本当はトイレじゃない場所で着替えたかったが、なかなか見つからない…。
最初からスーツ姿でもいいんだが、なんだか微妙で。
烏丸はゼノクから幾分離れた喫茶店に行くのが目的だった。この店は馴染みがあるため、彼女からしたら癒しの場所。
「烏丸ちゃんいらっしゃ〜い。今日休み?」
ゼノクスーツ姿の烏丸を見抜いた人こそがこの喫茶店の店主・柴多(しばた)。気のいいおばちゃんだ。
烏丸は席についた。ホッとする。柴多は何かと烏丸を心配している様子。
「そのスーツ姿ってことは、うまくいかなかったのかな…。烏丸ちゃんはそのままでもいいと思うんだ。
自分に無理させちゃダメだよ。はい。サービスのヨーグルトね」
柴多はサービスのヨーグルトとお冷やを置いた。烏丸はケーキセットをオーダー。ケーキはベイクドチーズケーキにした。
喫茶店は平日ということもあってか、がらがら。
烏丸は例の器具を装着し、スーツと一体化させて器用にケーキを食べていく。
「烏丸ちゃんが来てからゼノクスーツ姿のお客さん、増えたのよ。もしかしたら皆遠慮してたのかもね」
「…え?」
「ここ、ゼノクからそこそこ近いのもあるのかしらね〜。あの夫婦もたまに来てるわよ」
あの夫婦って…ゼノクで結婚式を挙げたあの人達だ…。
やっぱり彼らはゼノクから近い場所に住んでるらしい。そりゃそうだよね。治療終えて、ゼノクを出た人達はすぐには馴染めないもの…。
増してや2人とも重度となると社会復帰は難しい。1人復帰出来ればいい方。
「その人達、元気ですか」
「奥さんはまだゼノクスーツ姿で来てるわね。まだ後遺症残ってるとかで旦那さんは元気よ」
「ごちそうさまでした」
烏丸は喫茶店を出た。入れ替わりに、夫婦らしき客とすれ違う。
女性は淡いピンクのゼノクスーツ姿。男性の出で立ちは至って普通。
もしかして、あの夫婦なのかな…。いや、まさかね…。
烏丸は少し気になっていたようだった。
それにしても柴多さんのケーキとコーヒーは美味しい。くるみのパウンドケーキをテイクアウトしてしまった。
また、このお店に来よう。