時空の歪みの異界から帰還して約2週間後――
本部はいつも通りに戻っていた。司令室も宇崎と鼎の2人体制なのは変わらず。
その日、司令室にいきなり入ってきたのは御堂。
「和希、いきなりどうしたんだ?」
鼎はきょとんとした声を出した。
彼女は顔の大火傷の後を隠すため、白いベネチアンマスク姿だがどこか表情があるようにも見える。
「何もなさすぎて、暇だーっ!!」
御堂の心の叫びが駄々漏れ。宇崎はニコニコしながら返す。
「暇なのは平和だってことだろ?ん?そうだろ和希くん」
「そりゃそうだけどよ…」
御堂、ぐうの音も出ない。
宇崎は話題を変える。
「和希。錦裏のことだけど、順調にこの世界に慣れてきてるから安心しな。
鼎の知り合いの瀬戸口も俺が開発した専用プログラムを実行したら、だんだん慣れてきてるぞ。瀬戸口はあと2日3日で大丈夫だろうよ。
錦裏は…異界にいた期間が長かったから、まだかかるね。でもお前相手の時はいつも通りだったな」
「和希、錦裏って誰なんだ?」
鼎が聞いてきた。御堂はめんどくさげに答える。
「俺の先輩だよ。先輩だった隊員だ。鼎がゼルフェノアに入る前に辞めたんだけどね」
「だからあの時『錦裏先輩』と呼んでいたのか」
「…そ。鼎は知らないもんな、錦裏先輩のこと…」
鼎は思い切って聞いてみた。
「和希の先輩について知りたい。錦裏について教えてくれないか?今じゃなくてもいい。
私は…私が知らない和希を知りたいんだよ」
鼎が錦裏先輩に興味を示すなんてな。…ま、鼎になら自分語りってか、昔話してもいいか。
彼女とは付き合ってる仲だし、鼎が入る以前のゼルフェノアは断片的にしか知らないからな…。あいつは。
御堂は滅多に自分のことを人に話さない。主要人物にもかかわらず、ちょっと謎が多い。家族の話もほとんどしない人だから。
この一連の異界騒動で初めて、御堂にかなり関係している人物が出たのだ。彼女からしたら気になるのも仕方ないのか。
鼎は錦裏に対して敬語を使う御堂がどこか新鮮に見えた。あんなに口が悪いのに、錦裏には丁寧な感じだった。
和希の直接的な先輩なのは間違いない。
「わかったよ。じゃあ次の休みん時に話すよ。しかし珍しいよな…鼎が興味示すなんてな〜」
「そういう時もあるだろうが」
宇崎はこの2人を微笑ましく見ていた。仲がよろしいようで。
和希は少し丸くなったように見えるが、非戦闘時だからそんなもんか。
戦闘時は口めちゃくちゃ悪くなるが、仕方ない。あれが和希の本性だ。和希はあっさり隊長業務に慣れてるあたり、現場(戦場)にいないとダメなタイプだ。
鼎は相変わらず言い方は冷淡だが、和希や馴染みの仲間相手になるとどこか声が優しい。
仮面で顔は見えないんだけど、彼女は隊員達に対してはかなり仲間思いになっていた。司令補佐業務、大変なのになー。
…でも彼女もだんだん補佐に慣れてきてる。俺のサポートのおかげかな。って自画自賛しちゃダメだろ、宇崎。
数日後の休日。鼎と御堂は久しぶりにデートする形に。プライベートとなると鼎がリードしがちになる。
「和希、『藤代』でランチしよう。
あそこなら店内広いし、喫茶店だから長居も出来るだろう?和希の知り合いがいるから安心だな」
「鼎…なんで制服にそのコート着てんだよ!?今日休みだろ!?私服で来いよ…」
御堂は鼎の格好を見た。バッチリゼルフェノアの白い制服に司令用の黒い薄手のコート姿。
一方の御堂は私服だが、戦闘時のラフスタイルとあまり変わらない。
「補佐やってると『プライベートってなんだろう?』…ってなるんだよ…。
指揮系統は緊急召集もあるわけだからな」
緊急召集対策か…。
「鼎、悪かった。格好のことはスルーする。そうだよな、お前は『司令補佐』だもんな〜。
…鼎、ぶっちゃけ目立ってるけどいいのかよ。白黒ツートーンに白い仮面姿だから目立っちまうんだよね…。仕方ないけど」
「もう慣れた。人目なんていちいち気にしてられるか」
鼎は吹っ切れてる。
2人は久しぶりに喫茶店「珈琲 藤代」へ来た。ランチのピークはとうに過ぎてたので店内は空いている。
「いらっしゃい〜。あ、御堂じゃないか。なんか久しぶりだね。紀柳院さんもどうぞ」
店長の藤代が迎えた。御堂と藤代は同級生。
「藤代、お前いつの間に店再開してたんだ」
「3ヶ月前からかな。常連客が待ってたおかげで助かってるさ」
この喫茶店、ゼルフェノア隊員がなぜかよく来る。
最近だといちかと兄の眞(まこと)、それと七美が来ていたと聞いた。
七美はゼノクから外出許可が出たらしく、だんだん慣らしているんだとか。
だが怪人由来の後遺症がひどいため、ゼノクスーツなしでは人前には出られない。
「七美も来ていたのか…」
鼎は真面目に聞いてる。
「治療は順調みたいなんだけど、彼女はまだ抵抗あるから人前ではゼノクスーツ姿だって聞いたな」
藤代、なんだか情報通みたいになってる。
「藤代、お前ゼルフェノアのなんなんだ。情報通か?」
御堂が囃し立てる。
「隊員がこれだけ来れば情報も入るでしょうよ。…で、何オーダーするのさ。2人とも決めた?」
「コーヒーとカツカレー」
「私はナポリタンとコーヒー。麺は短めに出来ない…よな…」
藤代は鼎の食事用マスクの存在に気づく。
「出来ますよ。紀柳院さん、食事用マスクの弊害ありますものね。気にせず言って下さいよ。出来ることはしますから」
「ありがとう」
料理が来るまでの間、鼎は切り出した。
「錦裏先輩とはどういう人なんだ?私が入る以前に辞めた人なのはわかった。
気になっているのは…和希と大いに関係しているんだろう?」
「直接的な先輩だからな。錦裏先輩は」
直接的な先輩…。
和希と私みたいなものか。
「錦裏先輩は分隊長だったんだよ。それはそれは頼られるような鑑のような人だった。
俺はがっつり先輩に鍛えられたせいで、こんな感じになっちまったけどな…」
「口の悪さは関係ないんだ…」
「それは余計だぞ、鼎」
「悪い悪い」
あれ、鼎は会話を楽しんでるな。今クスッと笑ったように見えたが。
鼎はプライベートになると、表情豊かになるんだよな…。仮面着けてんのに、不思議と表情があるように見える。
しばらくすると料理が運ばれてきた。2人ともコーヒーは食後にしている。
「うまそー!」
御堂は嬉しそう。
鼎のナポリタンにはミニサラダが添えられていた。これは嬉しい。オーダー通り、食べやすく麺は短めにされている。
彼女の食事用マスクの開口部は小さいため、麺は啜れない。食べ物によってはカットして貰わないと外食はキツい。
七美がなぜこの店を選んだのか、すぐに理解した。
ゼノクスーツ姿の人達も利用しやすいようにしているのか。
2人は黙々と食事タイム。
鼎はオーダー前にさりげなく食事用マスクに変えていた。
「鼎」
「なんだ?」
「ケチャップ汚れ、そのマスク大丈夫なのかよ」
「汚れは落ちやすい素材だが?それに食べ終えて、ケースにしまう時にがっつり消毒するから安心しろ」
御堂は鼎の食事用マスクの知られざる秘密を知る。
彼女の食事用マスクはスペアもあるが、ほとんど使わない。使う時はひとつをメンテナンスに出してる時くらい。
「美味しいな」
鼎は嬉しそうな声で呟いた。御堂は夢中で食べている。
マスターの藤代はカウンターでニコニコしていた。
あの2人、ずいぶんと仲良いね。
紀柳院さんは制服姿で来てるあたり、色々あるっぽいが…彼女は司令補佐だっけか。
司令補佐って…大変そう。
御堂は隊長なんだっけ。
やがて食後のコーヒーが運ばれてきた。鼎はいつの間にか食事用マスクからいつもの仮面に変えていた。
飲み物なら仮面をずらせば飲めるため。
彼女は専用ケースに食事用マスクを入れ、口元の汚れを落として消毒していた。
「今すんの…?消毒…」
「時間が経つと落ちにくくなるんだよ」
そうなの…?鼎も大変だなー。
仮面生活が長い鼎からしたら、これは大したことないらしい。
2人はコーヒーを一口飲んで一息ついてから、話の続きをすることに。
「それで錦裏についてなんだが」
「今話すって。先輩がどんな人だったか気になっているんだろ?」
「気になるに決まっているじゃないか。今は一般市民なんだろ」
「そうだよ。今は一般市民。
臨時隊員でもない、ごく普通の一般市民になったよ。元隊員で臨時隊員じゃないパターンは珍しいんだけどな、あいつには家庭があるし子供もいるから臨時隊員は蹴ったんじゃねーの?」
御堂、ここでコーヒーを飲む。
「子供いるんだ…」
鼎も呟いた後にコーヒーを飲んでる。
「ああ見えているんだよ。今は小学生になったかな?…どうだろ」
このゼルフェノア隊員がよく来る喫茶店に、まさかの思いがけない客がやってくることに。
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