――ここは一体どこなんだ?
鼎は薄暗く閉ざされた空間にいた。部屋のようだが窓はなく、換気扇の音がしている。換気扇の位置は高い。
扉は重そうな金属製だがドアノブがないタイプ。
彼女は何者かによって拉致されていた。
時は遡る。数時間前――
ゼルフェノア本部。
「室長、鼎の姿見なかったか?どこにもいないんだよ。寮にもいなかった」
御堂が慌てて司令室に来た。
「見てないな〜」
「鼎に連絡しても連絡つかないんだよ。おかしくないか!?」
宇崎は冷静にある場所へ連絡した。それはゼノクだった。
「異空間にうちの鼎が行った可能性はありますか?長官」
「宇崎か。今はこちらから行ける異空間ゲートは全て封鎖してるから行けないよ。宇宙局も異空間の監視をしてるが異常なし。
紀柳院は異空間にはいない、現実世界にいる。何者かに拉致された可能性はあるだろうな…。警察に極秘で伝えといて」
「なぜ極秘ですか!?」
「本部の司令補佐が拉致されたとなると、マスコミが殺到するだろ。
だから警察は警察でもあの係に依頼しておきなさい。捜査一課零係にね」
「零課が一課にいつの間にか進化してる!?西園寺達に頼んでいいんですか!?」
「おそらく紀柳院を拉致した人間は彼女に関係していた者かもしれないね…」
鼎に関係していた者?
一方の鼎。電波が届かない空間に閉じ込められたため、連絡も出来ない状態。
私はいつからこの空間にいたんだ…?感覚が鈍くなる。
部屋から出るにしても扉はびくともしないし、換気扇は高い位置にあるため、無理だ。それにしてもこの部屋はずいぶんと天井が高い。
「一体誰がこんなことを…」
鼎は何度も扉を叩き、なんとか開けようとするが扉は固く閉ざされている。
「開かない…!開いてくれよ!!」
鼎は拳が痛くなるまで扉を必死に叩き続けたが、だんだん疲弊し扉の前でへたりこんでしまう。孤独感と虚無感がものすごい。
彼女は片方の手袋を脱いでみた。手からは血が滲み出ていた。そっと手袋をはく。
この閉ざされた空間の鼎の様子をモニター越しに見ている者がいた。
鼎はゼルフェノアに入った当初、復讐目的で入っている。
彼女からしたらその時期は今思えば暗黒期なのだが、復讐代行を共にした同業者がいた。
それが彼女を拉致した人物。
「しっかし驚いたねぇ〜。あの鼎が司令補佐とか。このまま放置したら彼女…どうなるかなぁ。簡単に気絶させることが出来たから楽だったけどね」
「イーディス、お前…そいつをどうしたいんだ?」
マッドサイエンティストな風貌の男性が「イーディス」と呼ばれた女性に話しかける。
「あら、Dr.グレア。見せしめにするのよ。わかっているわよね。配信するのよ、ふふふ…。
司令補佐の暗黒期をバラしたら、面白くなると思わない?かつては復讐代行やってましたなんて知られたら、組織は大打撃♪」
イーディスとDr.グレアは本名ではない。復讐代行における、通称のようなもの。2人とも日本人だ。
イーディスはゴスパンク風の格好をしている。髪が黒髪で長いせいか、お人形さんのよう。
Dr.グレアは片眼鏡に紳士の雰囲気を纏わせたマッドサイエンティスト。
閉ざされた部屋にいた鼎はふとカメラの存在に気づいた。
監視カメラ…?
一方、ゼルフェノア本部と警察は連携して動いていた。解析班と西園寺達の連携が冴え渡る。
「波路(はじ)!あんたの出番が来たわよ!映像解析のスペシャリストの意地を見せる時っ!!」
「チーフ、うるさいよ…。もうやってますってば」
波路が戻った解析班は活気づいている。波路と神(じん)は神がかりの連携を見せた。
「朝倉、紀柳院はこのビルの地下にいる。彼女のスマホのGPSは生きていたみたいだな」
「ナイス!神さん。波路はどう?」
「このビルの地下、何かのアジトなのかな…。めちゃくちゃ怪しいよ」
司令室では。
「解析班の報告でこの廃ビルの地下にいることが判明した。地下には不自然な空間があるらしい。
和希、鼎を助けてこい。軟禁されてる可能性が濃厚だからな。慎重に行けよ」
「俺だけ行くのはヤバくないか?」
「一応、霧人と彩音をつけておく。この2人なら自然だろ。警察も覆面パトカーで西園寺が向かってる」
「なんか大事になってきてんな…」
「とにかく和希は鼎を救出優先。いいな?地下は何があるかわからないから気をつけろよ」
都内某所・廃ビル。
「紀柳院にそろそろ食事を与えないと」
「ああ、そうだったわね。死なれたら困るもの」
地下ではある変化が。扉の下の蓋が突然開き、トレイに乗せられた食事がスライドして出てきた。蓋はすぐに閉まった上に固く閉ざされている。
トレイには「食べて下さい」と手書きでメモが添えられていた。食事はパンとスープ、ペットボトルのお茶だけだったがありがたい。
鼎はメモの文字に見覚えがあった。
「イーディス…!?なんでイーディスが私を拉致したんだ!?」
彼女は食事を忘れてカメラに呼び掛ける。
「イーディス!どういうことだ!部屋から出せ!!……出してくれ…。もう孤独なのは嫌なんだ…」
泣きそうな声。
別室のイーディスとDr.グレアは。
「ようやく気づいたわね、あの女。復讐代行の同業者が拉致ったなんてやっと気づいたみたいよ。
あの時のこと、忘れたのかなー?私達の復讐代行は『最後までやり遂げましょうね』という約束。鼎は破った。許さない」
「イーディス、紀柳院の身体の負荷…わかっているよな。長時間の監禁は出来ないぞ」
「これはデモンストレーションだから解放するわよ。仮面の司令補佐が苦しんでるとこ…見ていて気持ちいいわね。
冷静沈着な彼女だけど、閉所は未だに克服出来てない…。相当パニック起こしてるわよ。わかるのよ、仮面で顔が見えなくてもあいつは知り合った時からそうだった」
御堂達と西園寺は廃ビルに到着。
「相手がどんな奴かわからんから武器構えとけ!西園寺さん、機動隊はいないよね」
「御堂さん、これは極秘なので私と束原しかいませんよ。警察は」
御堂達は廃ビルの地下へ。
地下の閉ざされた部屋にいる鼎は食事も満足に出来ない精神状態に。
押し寄せてくる孤独感と不安感に苛まれ、何度も扉を叩いたり体当たりするが扉はびくともしない。
彼女は疲れ果て、泣いていた。
「出してくれ…。なんでこんなことをするんだ…イーディス…」
扉の下の隙間から紙が送られてきた。そこには殴り書きでこんなことが書かれていた。
『約束を破ったから天罰を下した。見せしめにされたくなければ部屋で大人しくしてなさい』
「見せしめ…?」
鼎はカメラを見た。イーディスは動画配信でもする気か!?
Dr.グレアは情けをかけようとする。
「イーディス、やりすぎだろ。そろそろ彼女を解放しないと危ないよ。あの精神状態から察するに発作を起こすかもしれない」
「ま、私が勝手にやってるだけのことなんだけどさ。鼎はなんで復讐代行を最後までやり遂げなかったのか、疑問だわ…」
やがて御堂達は地下へ到着。
「鼎ーっ!!」
この声は別室にいる2人にも聞こえた。
「あいつら来るの早くない!?なんで特定されてんのよ!!」
「どうします?戦いますか?逃げますか?先に彼女を解放しますか?」
イーディスは少し間を置いて決断。
「解放する。かつての同業者だったけど、死なせるつもりは一切ないから。
今回は見逃してあげるわよ。『今回は』ね」
鼎が閉じ込められていた地下室の扉の鍵がガチャンと開いた。
「開いた…?」
でもパニックを起こし、精神的に不安定になっている鼎は部屋から出る気力がない。
このまま出てもいいのか…?イーディスのことだ。あいつは何するかわからない。かつての同業者だったとはいえ…。
しばらくすると聞き馴染みのある声がした。
「鼎!!いるんだろ!?返事しろよ!!助けてやるから!!」
和希の声だ…。遠くから彩音の声もする。
鼎は涙声でなんとか返事した。
「こ…ここだ…。ここにいる!和希!私はここだ!!」
涙が止まらない。仮面の下は涙でびちょびちょになっているだろうな…。
御堂達は鼎を見つけた。御堂は思わず鼎を抱きしめる。
「見つけた…」
「和希…怖かった…。ずっと暗い部屋に閉じ込められてて…。会いたかった」
御堂は鼎の頭にそっと触れる。
「お前はよく頑張ったよ。一緒に帰ろうな。お前が拉致されたことは内密にしてるから安心しろ。
マスコミが殺到したら困るだろ?」
対策してくれてたのか…。
鼎は安心したのか、御堂に寄り添った。御堂は鼎の黒い手袋を見た。
出たい一心で扉を相当殴ったのだろう、傷が目立つ。手袋は薄手だからおそらく手も傷だらけだろう。
「後で怪我の手当てしてやるから。怖かったんだよな…」
「怖かった…」
「よしよし。お前は閉所恐怖症だからなー。苦手っていうレベルじゃねぇのに…。犯人は鼎のことを熟知してやがる」
「和希…その犯人に心当たりがあるんだ。
私が復讐代行時代のかつての同業者、イーディスだ」
「なんでそんなかつてのお前に絡んだ人間が…」
警察はイーディス達2人を追うも、逃げられてしまう。煙幕のようなものを使い、姿を消したと聞いた。
「紀柳院司令補佐を拉致した者は男女2人組ですね。
1人がものすごく怪しかったんですが…」
「怪しかった?」
西園寺は困惑したように言う。
「マッドサイエンティストと言った感じの風貌だったんですよ、男性が」
マッドサイエンティスト?
「とにかく今後も気をつけて下さい。紀柳院司令補佐は今後も狙われる可能性があります。本部の警備、強化させましょうか?」
「頼む」
なんとか本部に帰還。
鼎は精神的に不安定なため、救護所へ。彩音が話し相手になってくれた。
「大丈夫?落ち着いてきた?」
彩音は鼎の背中をさすってあげている。鼎はようやく仮面を外す。仮面内部は涙で濡れていた。
だから外したんだ…。
「涙でびちょびちょだよ…。久しぶりに鼎の仮面の内側、拭いてあげるね。ほら、涙も拭いて」
彩音はまるでお母さんのよう。鼎は相当怖かったらしく、まだ手が震えていた。
彩音は彼女の仮面を優しく拭くと、鼎に渡す。でも彼女の手は震えていて着けられるような状態じゃない。
「久しぶりに着けてあげるよ。本当に久しぶりだよね。これやるの」
彩音は慣れた手つきで鼎の仮面を着けている。痛すぎないように絶妙に加減しながら。
「私と鼎は付き合い長いんだから何でも言ってね。御堂さんもすんごい心配してたよ。
本当に1人で抱えないで相談して。遠慮する必要はないんだよ」
「彩音…」
「鼎の手袋、新しいのにしないとね。あの状況だと手袋もぼろぼろになるよね…。怪我の手当ては御堂さんがするって言ってたから、私は新しい手袋を出すだけにしておくよ」
「…ありがとう」
鼎の拉致はイーディスからしたら、デモンストレーションに過ぎなかった。
マッドサイエンティストのDr.グレアも引っ掛かる存在だが。
補足てきな番外編もう1つか、season3へ続く?